12月9日(狭山ヶ丘の義母の三回忌の法要,依頼者からのFAXに,「先生から送っていただいた上告理由書2通の間に記載内容の齟齬を発見,裁判所にはどちらの理由書を提出されたのでしょうか」という記載,NHKスペシャルは戦争孤児の話)

午前6時半起床
朝刊を読んでから,メールの確認

今日は,2年前に他界した,狭山ヶ丘の義母の三回忌の法要が,池袋のお寺で執り行われる。
 義母は,私たちの母が昭和28年9月に他界後の29年3月末から34年2月頃まで,義母の1人息子の○○ちゃんと一緒に我が家に同居して,私たち姉弟の面倒を見てくれた人。
 我が家を出て,その実家に戻ってからも,義母親子とその両親,弟さん達とは,ずっと親戚同様のお付合いをさせていただいて来た。

 本日の予定は,
  午前11時過ぎに家を出て,池袋のお寺へ。
  午後1時から,本堂での法要。
  その後,お墓参り。
  その後は,お寺の中の洋間での会食。
  参列者は,施主の○○ちゃんのほか,義母の上の弟,義母の下の亡弟の妻子,義母の亡母の親戚の方々,そして,私と下の弟。

会食の後に私から皆様にお渡しするお土産は,昨日銀座三越の「曙」で買って来た「栗最中」の詰め合わせ5軒分。

  本堂にお供えするお菓子は,お寺に行く途中,池袋の西武百貨店のお菓子売場で購入の予定。
  依頼者からお歳暮として送っていただいた愛媛のミカンもお供え用に持参することにしたので,荷物は,お土産の大きな袋のほかにキャスター付きのトランクも。

  雨の心配は無さそうで,良かった。

 先日利用登録の手続きをした「いきいき勝どき館」から,一昨日,「9日に新入会員への説明会を開催するので,ご出席ください」という電話連絡をいただいたが,法事で行けないので,1月の説明会に出席させていただきますと回答。


(追記)16:44
義母の三回忌の法要は,無事終了。
帰りは,お寺から池袋駅まで,弟と義母の下の亡弟の妻の◇◇さんと一緒。
JRで帰る弟と有楽町線の改札口で別れて,私と◇◇は,有楽町線に乗車し,私は月島で下車(◇◇さんは,新木場から京葉線に乗り換えて終点まで)。
 
 4時過ぎに帰宅。

 6日に上告,上告受理申立ての各理由書を赤のレターパックで発送した依頼者からのファックスが届いていた。
 パソコンの活字で記載されているので,弟さんが印字されたもののよう。
 その内容は,上告理由書を2部送っていただいたが,読んでみたら,その内容に違いがあることが判った。裁判所に提出したのは,どちらの理由書なのでしょうかというもの(そのほかに,もう少し書き加えて欲しかったことがあるということも)。

 打合せの都度,また,委任契約の締結に際して,作成して提出する理由書の通数についての説明の際も,最高裁判所への不服申立ての種類としては,上告の提起と上告受理の申立ての二つがあり,今回は,その両方の手続きをするということと,それぞれの手続きについての理由書を作成して,裁判所へは,それぞれ正本1通と副本7通を提出しなければならず,依頼者用と当職の記録用の各1通ずつと合わせると,2件分合計20通の理由書を印刷・製本しなければならなくなるということを繰り返し,説明させていただいてきたのだが,お二人ともよく理解しておられなかったよう。
 すぐに電話して,依頼者に「そちらにお送りしたものは,上告理由書2通ではなく,上告理由書と上告受理申立て理由書の各1通ずつです。各理由部分の記載内容が違っているのは,上告受理申立て理由書の方は明らかな採証法則違背による重大な判断の誤りがあり,申立て事由に該当するということを説明したもの,上告理由書の方は,憲法違反という上告理由に該当するということを説明したものだからです。
 裁判所には,2件分として,両方の理由書を提出してあります,
 誤りではありません。」
などと説明。
 弟さんは,ずっと裁判所の総務課に勤務しておられたようなので,訴訟手続きについては,余り勉強しておられなかったのかもしれない。
 
(追記)翌朝記載
 午後9時からNHKスペシャルを見た。戦災で突然両親を失い,誰からも助けてもらえず,まるで犯罪者でもあるかのように邪魔者扱いされながら,残飯などで飢えをしのいで,なんとか生き延びてきたという涙無しには見られない戦争孤児の方々からの実録番組。登場された方々は,私(終戦時3歳)より年長の方ばかり。幼かった子供達は,自力での食料確保ができず,皆,飢えに苦しみながら亡くなってしまったのでしょう。
 https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180812